株式会社オキサイド
「A&D」と「グローバルニッチ」がキーワード 〜酸化物単結晶関連の専門メーカー〜
株式会社オキサイドは、独立行政法人物質・材料研究機構のベンチャー企業支援制度最初の認定企業である。
同社は同研究機構で開発された独特の製造手法(二重坩堝法)を始め様々な酸化物単結晶の開発・製造を行い、主に光エレクトロニクス市場で製品を供給している。同社は一時期注目された「大学発ベンチャー企業」の多くがいわゆるデスバレーに陥り頓挫しているのとは対照的に、年率2桁の成長を遂げている注目企業の1社である。
同社は、大手企業の事業部門の譲受である「Acquisition」と「Development」を重視した「A&D」を展開、さらにニッチであるが高いマーケットシェアが獲得できる市場にフォーカスした「グローバルニッチ」を遂行するため内外の企業との積極的な提携を進めている点が特筆される。
今回はものづくりのベンチャー企業がどういった経営を行えば成功するのか、といった視点で同社の古川社長にお聞きした。
注:このインタビューは09年2月24日に実施したものを掲載しています。
【会社概要】
企業名 | 株式会社オキサイド |
所在地 | 山梨県北杜市武川町牧原1747-1 |
代表者名 | 古川 保典 代表取締役 |
事業概要 | オプトエレクトロニクス単結晶の製造販売、各種単結晶の委託生産、 光デバイスの研究 など |
URL | http://www.opt-oxide.com/ |
(1)ユーザーの新技術に対する強い要望から会社設立へ
Question 1:
古川社長は独立行政法人物質・材料研究機構(以下、NIMS)で研究員として従事されていたときに、研究成果の1つとして「二重坩堝法」という製造方法を開発されたと伺いましたが?
オキサイドが扱っている単結晶は、光に対して透明で、電気・光・応力など外部からの情報信号によって光学的性質を制御できるいろいろな機能を持っており、オプトエレクトロニクス分野のブレークスルーに不可欠な基礎材料です。これらの材料のブレークスルーをNIMSで開発した二重坩堝法という製造技術によって実現しました。従来の製造方法では限られた条件でないと均質結晶の育成ができなかったのに対し、安定して均質な結晶を製造できるようになったのが、その特徴です。しかも、高品質で大型の単結晶の製造が可能となり、歩留まりも極めて高いといった技術優位性を有しています。主な用途先は光情報通信分野、光情報記録分野、バイオ、光計測・加工、医療分野、デジタル家電など広範囲に及びます。
Question 2:
NIMSの研究員時代に開発された二重坩堝法の技術は、NIMSが特許を取得、その技術をライセンス形態で貴社に供与されているのですか?
そうです。私が開発した当時は、国の研究所の成果なので、特定企業への供与というよりも広く使って頂くのが重要という考えから、大手企業数社とライセンス契約を結びました。技術移転のためにライセンス供与先企業から技術者に来て頂いてマンツーマンで指導しました。その後、製品が出てくるのを期待していたのですが、1〜2年経過しても成果が出てきませんでした。
Question 3:
大手企業が事業化できなかったのには何か共通点があるのですか?
強いてあげればこの二重坩堝法と呼ばれる製造方法は先端的技術ですから、製品化までの開発に思った以上に時間がかかったと思われます。それと、先端技術を用いた新材料の製品化は、最低でも数十億円から百億円の市場規模がみえないことには大手企業は思い切った投資には踏み切れず、この点からも製品化が遅れたと思います。
そうこうしているうちに、大企業は外部環境の変化などによって、事業化を断念しましたので、現時点では実質的には当社1社だけが製品化に成功している状況です。
Question 4:
ところで、どういう切っ掛けで会社設立に至ったのですか?
古川社長 |
大手企業へのライセンス供与が行われていたにもかかわらず、製品化ができていなかったのですが、一方でユーザーさんからは高性能で大型の光学用単結晶材料を使用したいという要望が多くあったことが挙げられます。 光学単結晶材料は例えばプロジェクターのような最終製品に部品として組み込まれて使用されます。最終製品になって市場に出回るまでには数年かかりますので、早めに材料を提供できないと、せっかくの良い研究成果が実用化されないで埋もれてしまいます。これはもったいないと思い、会社設立に踏み切ったのです。 |
(2)バランスのとれた経営を展開
Question 5:
設立の経緯はわかりました。研究所は茨城県つくば市にあり、そこで研究されていたことから考えると、なぜ、山梨県に会社を設立されたのですか?
山梨県は水晶など宝石の地場産業で有名ですが、水晶は当社が取り扱う「単結晶材料」という点で共通しており、精密加工業者など関連企業が集積している地域である点が山梨県を選んだ理由の一つです。
2つ目は、山梨県がベンチャー企業支援に対して非常に積極的であることです。山梨県との事前相談はしませんでしたが、実際に起業後に相当の支援をして頂いています。
3つ目は、環境面です。特に、単結晶を製造するのに必要な電気や水のインフラが安定してということは事業には欠かせない要素です。
最後は、いわゆる目利きの存在です。別に山梨県に限らず、いろんなところで目利きといわれる人がいらっしゃいますが、私の場合、研究所時代の先輩が、ベンチャー企業を立ち上げていたこともあり、その先輩から経営のノウハウなど色々教わりました。
Question 6:
日本ではこうした目利きのような方が少ないですね
確かにそうですね。特に、ものづくり関係の目利きが少ないのは日本の特性なのかもしれませんが、ものづくり関係は、皆さん大企業にいらっしゃって、社長とか副社長で退任された方が「目利き」といわれますから、ベンチャー企業との感覚がずいぶん違うと体感しています。
アメリカではベンチャー企業への投資後、技術開発が進んでも市場がまだ未成熟な場合、事業としては成り立たずに行き詰り倒産するケースが多々あります。しかし、他の企業が似たような技術開発を行っていることも多いので、その技術を買ったり、技術者を受け入れたりしていきながら、技術そのものは継承されていきます。一方、日本の大企業では技術開発は社内で行うのが大半ですから、失敗したときには開発はそこで打ち切りとなり、それまでの技術の継承がうまくいかないケースが多いようです。これは今、ベンチャー経営を行っていて実感していることですが、先端分野でのアメリカ企業はまだまだ手ごわい、という印象を持っています。
Question 7:
山梨県を選択されたことは正解だったわけですね。
確かに正解だと思いますね。
山梨県のやまなし産業支援機構からの設備資金を皮切りに、運転資金などを含めて多額の制度融資を受けました。当時の売上高はほぼゼロでしたから、驚きでした。その後、数回追加融資を受けました。また、資金面ではいろいろな助成金の採択を受けたことも、事業を軌道に乗せる上で助かりました。
Question 8:
スタートアップ時の課題、日米のベンチャー企業の違いなど、興味深いお話が伺えました。こうしてスタートした事業ですが、その後の事業展開をホームページなどで拝見しますと、筋道立った展開を行っておられる印象を受けます。そこで、貴社の基本となる技術からもう少しうかがいたいのですが、貴社独自の技術である二重坩堝法以外にも、様々な技術を有しているようですね。
酸化物の結晶に関しては、企業、学会を問わず研究が進み、日本が世界をリードしてきました。特に日本を代表する大手家電メーカーとそのグループ企業は素材の製造から最終製品まで網羅してきました。しかし、1990年代以降はどこのメーカーも「選択と集中」という舵取りを始めたため、「材料」である結晶分野は、現在、中堅企業への技術移管が進んでいます。中堅企業は、私達の身近な分野でいえば、携帯電話の部品とか、デジカメ、DVDの部品に使用される製品を安くて、大量に製造しています。しかし、このような企業は既存技術と異なる新しい技術に関する開発能力に乏しいのが実情です。
一方、当社はこの間、一貫して研究開発能力を高めてきました。具体的には、大手企業がこの分野から撤退していることもあって、これまでこの分野に従事していた優秀な研究者を採用してきました。また、自社のメンバーだけでは補いきれない分野は、当社の研究顧問の先生方を通じて「学」との連携も積極的に推進しています。
当社のオリジナル技術は二重坩堝法ですけれど、それだけに固執せずに、いろいろな技術を導入しています。結晶の作り方は一般には8種類くらいあるのですが、そのうちの7種類は自前で対応できるまで揃えました。お客さんにとって「二重坩堝法」という製造方法が必要なのではなく、最終製品を作るための材料が欲しいわけです。当社は結晶メーカーとしては規模も小さく、市場参入も後発ですが、多様なお客さんの要望に十分に応えることができます。
Question 9:
製造分野でも、貴社独自の展開として事業部門の譲受などを積極的に展開しているようですね。この辺りの取り組みについてもう少し詳しくお聞かせください。
当社は現在、素材からモジュール、デバイスなど川下への展開を行っています。ただ、当社は川下の分野において、大企業のように一から行なっていたのでは、とても追いつけません。
一方、大企業は先ほども述べましたように、「集中と選択」を行っていますから、ここから外れた分野は事業譲渡のニーズがあります。実際この数年間でいくつかの戦略的な技術・事業の買収を行うことができました。当社のような規模ですと、いわゆる「R&D」に注力していたのでは、時間やコストがかかり過ぎます。そこで、当社は「A&D」をキーワードに展開しています。特に、“A”のAcquisitionは会社の企業価値を高めるには有効な経営手段だと思います。大手企業や先行企業と同じことをやっていてはいつまでも距離は縮まりません。マクロ環境の厳しい今こそA&Dが行いやすい環境といえるので、当社にとってはチャンス到来とみています。
Question 10:
一般的にいえば、全部自前で揃えようとすれば、資金がいくらあっても足りなくなりそうですが、今のような取り組みならば、資金負担は軽減できそうですね。ところで、資金調達の変遷をみますと、うまく事業会社さんと資本提携を行っておられますね。
そうですね。大手企業が最初、当社のお客さんとして来られて、「こういうものを作ってください」と依頼を受け、だんだんと実績や信頼を得てきます。最近では、「オキサイドしかできない、他社に依頼したが、オキサイドの製品が一番いい」という評価を頂いていますが、そうなると、「オキサイドの製品を安定的に確保するために、財務面でも健全になってもらわないと、万が一のときに困る」という評価につながります。ちょうどそういうタイミングで株主になって頂いているケースが多いです。
Question 11:
なるほど、一番円滑な資金調達方法かもしれませんね。
株主にはコバレントマテリアル(旧東芝セラミックス)、ニコン、NTT−ATなどが名を連ねていますが、当社の信用度合いが数段高まり、円滑な資金調達につながっています。提供してもらった資金の使途は、事業のためですから、相手方も安心します。また、株主になることで当社をより理解して頂けます。資本提携によって、単なる商売上の取引からさらに一歩も二歩も踏み出します。
資金の出し手である大手企業にとってもメリットが多々あります。例えば、自社で開発していない分野について、当社を活用して共同研究などができるようになりますので、開発スピードが格段に速くなります。こうしたことを総合的にみると、大手企業の投資リターンは良好なパフォーマンスを上げることができます。
Question 12:
技術者の確保、多様な製造設備、事業会社との協業関係を築いた資金調達と、バランスのよい事業発展を遂げているようですね。
当社が成長するには何が必要かと考えた場合、お客さんから「当社がいないと困る」と思われるようになることです。そのためにはどうすれば良いのかを日々考えています。技術に止まらず、人材、設備などあらゆる分野で差別化が図れるよう注力しています。
(3)グローバルニッチを展開し、高いマーケットシェアを獲得
Question 13:
現在の業績の概況等についてお聞かせください。
売上構成は単結晶が6割ぐらいを占めます。残りはモジュール、デバイスで概ね半々といったところです。売上高は平均すると年2桁の伸び率を維持して来ました。昨年、財務、経理関係の人材を採用し、財務基盤の強化を図っているところです。具体的には、キャッシュフローを重視して機動的にA&Dが行える資金を確保する一方で、財務基盤の強化の観点から大手金融機関引受の第三者割当増資も行いました。
当社は9月期決算ですが、昨年9月に発生した金融不安からさらに世界的な景気減速が顕著になってくる中、今年度の出足はこうした影響も余り受けずに、比較的堅調に推移しています。
Question 14:
今後、3年先ぐらいを想定した場合の企業イメージを最後にお聞かせください。
基本的には今事業を行っている延長線上にあると思います。単に規模のみを追うのでなく、ニッチだけど高いマーケットシェアが確保でき、利益率の高いオンリーワンの商品を複数持つことでバランスがとれた会社にしたいと考えています。
研究しているテーマは複数ありますが、今すぐにマーケットに出るものではありません。しかしながら、創業以来8年間、一貫して種まきをしてきましたので、幾つか芽が出始めています。これら新素材はこれからの新しい成長市場で使用される可能性が高く、高いマーケットシェアが獲得でき、しかも、素材から、モジュール、デバイスへと展開できるので、高成長・高収益が期待できます。
一方、1つの製品に拘っていると、ヒット商品として市場に出ているうちはいいのですが、他方でその間は量産化対応に追われ、次の収益のための開発が疎かになるという問題を内在化しています。ですから、それぞれの市場規模はあまり大きくなくとも、いわばパイプラインと複数分野とのネットワークをできるだけ多く増やすことに心掛けています。
もうひとつのキーワードはグローバル化です。
アメリカやドイツの展示会には年3、4回は出張しますが、以前なら、当社の商品をいかに売り込むかを考えていました。しかし、今は現地の企業とどう提携するか、といった視点に変化しています。
例えば、競合相手と思われた海外企業でも、当社の材料を相手方に提供し、その企業が製品を作る、そしてその製品を当社が仕入れて販売していく、といったビジネス・スキームが3年後にはより鮮明になってくると予想しています。